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佐賀地方裁判所 昭和33年(わ)356号 判決 1959年11月27日

被告人 梅崎正大

大一四・三・八生 農業兼漁業

待鳥正治

昭一二・一・一生 農業兼漁業

主文

被告人梅崎正大を懲役四月及び罰金六千円に

同待鳥正治を懲役四月及び罰金五千円に

処する。

若し、右罰金を完納することができないときは被告人両名に対し、いずれも金二百五十円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

但し、被告人両名に対し、いずれもこの裁判確定の日より二年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人梅崎正大に対し押収の爪付長柄じよれん二個(押第一号、同第二号)及び赤貝(もがい)二百貫(佐賀区検察庁昭和三十三年領置票(ロ)第三九四号換価代金五千円)を、被告人待鳥正治に対し押収の爪付長柄じよれん二個(押第三号及び同第四号)及び赤貝(もがい)百五十貫(佐賀区検察庁昭和三十三年領置票(ロ)第三九五号換価代金三千七百五十円)を夫々没収する。

訴訟費用中鑑定人迎邦夫に支給した額の三分の一及び証人田中弥十郎、同大曲重行に支給した額を被告人両名の負担とし、証人古賀敏政及び同梅崎勝義に支給した額を被告人待鳥正治の負担とする。

被告人梅崎正大が赤貝(もがい)二百貫、同待鳥正治が赤貝百五十貫を夫々窃取したとの点について被告人等はいずれも無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人等はいずれも、予てより農業兼漁業を営んでいる者であるが、

第一、被告人梅崎正大は昭和三十三年十一月二十日頃、樺島昭広と共謀の上、佐賀県佐賀郡川副町大字大詫間地先の佐賀県海面において、爪付長柄じよれんを小型発動機船で曳く方法により、赤貝(もがい)二百貫位を採捕し

第二、被告人待鳥正治は同日頃待鳥正孝及び待鳥正秀と共謀の上前記佐賀県海面において、右同様の方法で赤貝(もがい)百五十貫位を採捕し

以て、夫々長柄じよれん船曳漁業を営んだものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

第一、判示事実に対する適条

佐賀県海面漁業調整規則第五十六条第一項本文第一号、第三十三条第十号、刑法第六十条(情状により懲役刑及び罰金刑併科)

同規則第五十八条(漁具及び漁獲物の没収)

刑法第二十五条第一項(執行猶予)

同法第十八条(労役場留置)

刑事訴訟法第百八十一条第一項本文(訴訟費用)

第二、窃盗の訴因について

ところで、検察官は本件の赤貝(もがい)が川崎五百枝、田中喜八等の所有であつたと云うのであるが、窃盗罪にいわゆる財物の窃取とは、他人の実力支配下に在る財物を、その意思に反して自己の支配下に移すことである。そこで本件についてこれを見るのに、

被告人等の当公廷での供述、証人迎邦夫の当公廷での供述、当裁判所の証人田中茂、同山本大作、同小柳貞司に対する各尋問調書、及び検証調書によれば、なるほど、被告人等が判示赤貝(もがい)を採捕した地点が佐賀郡川副町南川副干拓西南約三・五粁附近通称アミアライ州における、漁業権者南川副漁業協同組合の有区第三四〇一号区画漁業権設定区域内の、東側中央部附近であること、現場には右区域並びに組合員等が更にそれを区分して貝類の養殖を行つている範囲を標示する竹竿、棒くい等が点々として存在していること、右組合員等が夫々自己に割当られた場所に、一定の時期に他から赤貝(もがい)の稚貝(太さ小指の爪乃至拇指の爪位)を運んで来て、これを右海底に放ちこれを移殖するばかりか干潮時等にその分布の厚薄を掻き均らすなどしてその成育繁殖を図つている事実を夫々肯認することができる。

(一)  しかし乍ら、山本大作及び小柳貞司の司法巡査に対する各供述調書によれば(イ)被告人等の判示犯行当時、現場には、他に二十隻程の船が同様の操業をなし貝類を相当採捕したことが窺われる以上川崎五百枝、田中喜八提出の各被害届の記載はそのままに信用できないのであつて、本件採捕の赤貝が果して同書面に掲げる組合員中のどの組合員の養殖にかかる物であつたかを識別することができない。(ロ)次に前示各証拠によれば現場は広漠とした面積五七七、〇〇〇平方米(一七三、〇〇〇坪)に及ぶ海域であり、前記の如き標示等を除けば他に漁業組合において施した格別の養殖設備も見えないのであるから、組合員等の養殖する赤貝は右自然の海底に散在し、風水害等に際しては各自の担当区画外に流出することもあり、又他より流入することもある関係上、各組合員等は右養殖の状態そのままでは直ちに右区域内に存在する貝の数量をさえ確認できないのが実状と認められる。従つて、本件漁場における赤貝については、その個々に対し所有権又は占有権の対象としてこれを特定し、且つ把握することは全く困難と云うの外なく、他にこれを肯認すべき証拠がない。

(二)  尤も、このように個々の赤貝に対する特定乃至把握がない場合においても該漁業権区域自体に対する占有がなされておれば、同所に在る養殖貝は包括的に漁業権者等の占有下に在ると看られない訳でもないのであるが、(イ)本件現場における如き区画漁業権が、法律上物権と見做されているとは云うものの、元々右権利は貝類の養殖を図り且つその区域内に生育した貝類を優先的排他的に採捕し得るということを本質とするに止まるのであつて、未だ海面それ自体を排他的に占有支配する権原となすべきではない。(この点について、一般には右権利の効果を目して、漁場内の貝類は養殖業者の所有である旨漠然と認識せられている如くであるが、この故を以ても右漁業権を以て直ちに海面(海底)の支配権となすべきではない。)(ロ)元来公有水面それ自体は、たとえ潮の干満により海底を顕わすことがあつても、その特質上よりして直ちに所有権又は占有権の対象とならないものであるから、前示の如く組合員等において現場に或程度の標識を設けたり、整地作業を施したり或は収獲期等に看視船を附したりして優先的採捕の権利を確保する努力が払われていることはしばらく措き、それのみでは該区域自体に対する漁業権者又は組合員等の占有支配関係乃至右区画内に在る赤貝に対する包括的な前示の実力的支配関係を肯認することはできない訳である。

して見れば、本件漁場における赤貝(もがい)に対しては、漁業法に所云第一種区画漁業又は第二種区画漁業の漁場等に多く見られる如き、相当の設備等を設けてそれによつて「かき」真珠貝等を養殖している場合とこれを同一に論じ得ないのであつて、検察官援用の全証拠によるも他に前記組合員等の占有支配関係を断定するに足らない。故に以上の諸点に照し被告人等の採捕した赤貝は、これを以て刑法第二百三十五条に所云「他人ノ財物」となし難く(なお、被告人等の所為が漁業権の侵害として漁業法第百四十三条に触れることが考えられるけれども、この点については所定の告訴もない。)本件窃盗の訴因については、結局犯罪の証明がないことに帰するから、この点につき刑事訴訟法第三百三十六条を適用し被告人両名に対し、いずれも無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決をする。

(裁判官 松本敏男)

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